2月18日 これが小沢総理候補を貶めた『最高裁の罠』のカラクリだ!

 小沢検審起訴議決は疑惑・謎が多すぎる。
 通常起こりえないこと、説明しえないことが数多く発生した。
 偶然がいくつも重なることはない。
 小沢起訴議決を調査し分析していくうち、「審査員はいなかった。審査会議は開かれなかった。架空議決だった」ということがわかった。

 最高裁は小沢総理候補を「架空議決の罠」にはめるため早くから準備してきた。
 アリバイもしっかり作っていた。

 今ここに 『最高裁の罠』のカラクリと最高裁のアリバイ作りを明らかにする。

1.2004年5月、2度の起訴議決で強制起訴できるよう検察審査会法を改正

2.2008年1月、最高裁は「09年4月から東京第三、第四、第五、第六検察審査会を新設する」と発表(2か所だったものを6ヵ所に増やす)

3.2008年9月、最高裁事務総局が不正操作可能な審査員選定クジ引きソフトを開発、検察審査会に配布(恣意的に審査員を決めることができる)

―2008年11月、検察が西松事件の捜査を始め、09年3月大久保元秘書起訴ー

4.2009年初め、最高裁事務総局は最高検と結託して、検察審査会で小沢氏を起訴することを決めた。彼らは審査会を開かずに起訴議決書を創作することにしたが、この方法については検察に知らせなかった

傍証1 2010年2 月1日 東京地検特捜部吉田副部長が取調べ中の石川知裕議員に「小沢はここで不起訴になっても、検察審査会で裁かれる可能性が高い。そんなことになって良いのでしょうか」と語っていた。

傍証2 大坪弘道元大阪特捜部長(郵政不正事件の一審で有罪)が、「最高検幹部が〝最高裁幹部と民主党潰しを画策している。大阪特捜部で石井一を、東京特捜部で小沢を捜査するが、検察が小沢起訴するのは難しいので、最高裁が検察審査会を利用して起訴する計画である〟と私に打ち明けた」と知人に語っていた。

5.2009年2月から、東京第五検察審査会の「画面上の審査員・補充員」を準備
準備された人達には審査員になったことを告知していない。画面上だけの審査員である。
東京第五検察審査会は小沢検審が終わるまで審査員のいない「空のボックス」だったということになる。

6.2009年4月、最高裁事務総局は 東京第五検察審査会事務局の業務をスタートさせた
東京第五検察審査会の事務局職員は2人。
東京第一検審事務局総務課長に手嶋健氏を据え、審査員選定業務と広報担当に宛てた。 
 
7.2009年5月、改正検察審査会法を施行

8.2010年2月、小沢不起訴案件が検察審査会に申し立てられたが、これを東京第五検察審査会に割り振った。
周りから怪しまれないよう、小沢案件以外の案件も第五検察審査会に割り振った。

9.東京第五検審事務局は、割り振られた案件に対し、「架空の審査会議日程」を立てた。

10.東京第五検審事務局は、「架空の審査会議日程」に合せ、審査員と審査補助員の「日当交通費請求書」を創作した。

11.小沢案件ならびにそれ以外の案件について、それぞれの「架空の議決日」が来ると、審査事件票を創作しそれを最高裁に送った

12.2010年4月27日、事務局は「4月27日、審査員全員一致で一回目起訴議決した」と発表
(メディアが小沢バッシングを続けていたため、架空議決を誰も疑わなかった)

13.検審関係者は「審査補助員がやっと決まった。これから審査が本格化し、議決が10月末になる」と新聞社にリークし、9月8日6紙がそれを一斉に報道した(これは当初の計画)

14.9月8日のすぐ後、民主党幹部から「代表選開票前に議決したことにしてほしい」と頼まれた。最高裁も「もし小沢氏が総理になったら、その後の架空起訴議決はできない」と考え、議決日を9月14日に変更した

 ―9月14日の代表選で小沢氏が敗退ー

15.突然の議決日変更をさとられないため、議決発表を10月4日に延ばした
検察審査会関係者は読売新聞や朝日新聞に、「9月の平日に頻繁に集まって審査を行った」(働き盛りの若者が急に平日頻繁に集まれるわけがないのに)などといった嘘の情報をリークした。

16.議決日を急きょ早めたことにより、議決前に検察審査会に検察官を呼ぶことができなかったので、アリバイ作りのため、9月28日に斉藤検察官を検察審査会に呼んだ。
斉藤検察官は議決したことを知らず、検察審査会事務局らによって用意された人達に向かって説明を行った

最高裁は以下の2つの失敗を冒し、それにより疑惑が大きく膨らんでいった

1.強引に議決日を代表選前に変えた。
2.若すぎる審査員平均年齢を呈示してしまい、さらに平均年齢の訂正の言い間違いをしてしまった。

 これで足がついたということだ

2013年2月18日