2013年2月のブログ記事

2月28日 「小沢検審議決が架空議決と誰でも分かる」第4弾!「44人もいるはずの審査員に声はなし」

 小沢検審起訴議決は疑惑や謎が多すぎる。
 通常起こりえないことや説明しえないことが数多く報告された。
 検察審査員の存在、審査会議の存在の確たるものは何ひとつ示されていない。
 「審査員はホントにいたの?」の週刊誌記者の問いに、審査員選定担当責任者の手嶋健東京第一検察審査会総務課長は「いた...と思います」と答える始末だ。
 小沢起訴議決を調査し分析していくうち、 「審査員はいなかった。審査会議は開かれなかった。架空議決だった」という状況証拠をいくつも見つけることができた。

第1弾 『9月8日検審関係者が「審査補助員がやっときまった。これから審査が本格化し、議決は10月末になる」とリークしたのに、6日後の9月14日議決。これはありえない』

第2弾 『斉藤検察官は議決後に検審に説明に行った!まともな審査会議が開かれていたら、議決後に行くはずはない』

第3弾 『検審は情報開示を徹底拒否』

第4弾 『44人もいるはずの審査員の声はなし』

 
 <小沢検審に係っているはずの審査員・補充員は44人>

 小沢検察審の審査期間は、2010年2月~10月4日だったと報道されている。
 この間本当に審査会議が開かれたとすると、検察審査会法施行令に従って、以下の44人が審査員・補充員に選定され、審査会議に加わっていたことになる。

時期             審査員          審査員任期         備考
09/09   09年4群     12名       09/11/01~10/4/30    1回目審査
09/12   10年1群     10         10/02/01~10/07/31      〃
10/03   10年2群     12         10/05/01~10/10/31    2回目審査
10/06   10年3群     10         10/08/01~11/01/31      〃
注1:東京32の選挙管理委員会が人口比で割り当てられた検察審査員候補者を選出し、検察審査会に提出する。候補者は各群100名とし、くじで10ないし12名の審査員・補充員を選定する
注2:補充員は、審査員が都合で出席できない場合、替わりに審議と議決に加わる

 
 <44人は誰も声を上げない>

 議決に至るまでそして議決後も、不可思議なことやありえないことが多数報道された。
 もし44名が本当に存在したら、「事実はこうだ」と声を上げる者がいるはずだ。
 だが、その声はない。
 検察審査会法では、審査員や審査補助員が、「評議の秘密」を洩らせば、処罰を受けることになっている。
 声が上がらないのはそのせいだというが、新聞では、審査員や審査補助員の談話が報道されている。(資料2 読売・朝日議決報道.pdf

 そしてその記事は、「不可思議なことやありえないこと」を打ち消そうとする意図が見え見えだ。審査員の描写もそうだ。わざとらしい表現ばかりで、現実のものとは思えない。

 「議論煮詰まった」
 「こんな日になっちゃったね」
 「ジーンズの男性にミニスカートの女性......。くじで偶然選ばれた11人の平均年齢は30.9歳と、比較的若い顔ぶれとなった。......」
 「『審査員は本当に、そのあたりにいる人。およそ小沢さんの議決をした人たちだと思われないかな』。関係者は苦笑いした。」(くじで選ばれたのだから当たり前。何故そんなことを言わなければならないのか)


 <最高裁は、偽審査員をテレビに登場させた>

 2012年4月26日の小沢判決の日、TBSがNEWSクロス23という番組で、審査員Ⅹ氏の声を流した。
 以下の動画がそれ。
 http://www.tbs.co.jp/news23x/feature/f201204260000.html

 「厚さ15cmの資料を読み合わせた」など現実的でない話が多い。

 私の知人から以下のような話を聞いた。
 『この動画を制作したTBS記者をよく知っている。その記者は、次のようなことを話した。
「編成局長から、小沢検察審の審査員だったと名乗る者がテレビ局に連絡して来たので会ってくれと頼まれた。くだんの審査員は、検察審査会の印鑑を押した召集状と出席証明書(?)を呈示した。信用して彼の話したことを動画にした」』

 動画の内容から判断しても、テレビ局への近づき方にしても、これは本物の審査員ではない
 最高裁側が差し向けた工作員とみられる
 
 小沢判決の直前に、136名の民主党議員が「法務委員会秘密会」開催要請をし、架空議決でないかと騒がれ始めた
 あわてた最高裁は、小沢判決の日に、偽審査員Ⅹ氏の動画を流したということだ

2013年2月28日|個別ブログ記事

2月26日 「小沢検審議決が架空議決と誰でもわかる」第3弾!「検審は情報開示を徹底拒否」

 小沢検審起訴議決は疑惑や謎が多すぎる。
 通常起こりえないことや説明しえないことが数多く報告された。
 検察審査員の存在、審査会議の存在の確たるものは何ひとつ示されていない。
 「審査員はホントにいたの?」の週刊誌記者の問いに、審査員選定担当責任者の手嶋健東京第一検察審査会総務課長は「いた...と思います」と答える始末だ。
 小沢起訴議決を調査し分析していくうち、 「審査員はいなかった。審査会議は開かれなかった。架空議決だった」という状況証拠をいくつも見つけることができた。

第1弾 『9月8日検審関係者が「審査補助員がやっときまった。これから審査が本格化し、議決は10月末になる」とリークしたのに、6日後の9月14日議決。これはありえない』

第2弾 『斉藤検察官は議決後に検審に説明に行った!まともな審査会議が開かれていたら、議決後に行くはずはない』

第3弾 『検審は情報開示を徹底拒否』


<検審情報に関する開示を求めて続けているが>
 
 一市民Tと石川克子氏は検察審査会の真実を知るため、検察審査会および最高裁に何度も通い職員に質問をし、さらに、何度も検審情報開示請求をした。
 だが、検審事務局及び最高裁は、殆どの情報を開示しない。
 審査員が存在し、審査会議が存在したという確かな情報は未だ得られていない。


 <審査会議日は? ―教えられません>
  
 審査会議日は「評議の秘密」なのだそうだ。
 会計検査院から開示された審査員日当請求書も、審査員の出頭日がマスキングされていて、請求日はマスキングしていない。マスキング指示は最高裁が行っている。
 審査員は事務局が作成した請求書に印鑑を押すだけだから、請求日は、出頭日(=開催日)と考えてよい。審査員はお金の請求のためだけには来ないからだ。
 何故、最高裁は出頭日を隠さなければいけないのか。
 請求書から読み取れる審査会開催日と新聞発表したそれとはあまりに食い違う。
 食い違いを問い詰められたら説明がつかない。
 問い詰められた時、検察審査会事務局は「審査員会議日は明らかにしていません。新聞社は勝手に記事を書いたのでしょう」と誤魔化すしかないのだ。
 審査会議日をはっきりさせることができないということだ。


 <審査会議を行った会議室はどこか?-教えられません>

 これも「評議の秘密」なのだそうだ。
 開示してどこに問題があるのか?
 会議室が特定されると、会議室の当時の使用状況を確認される。
 だから、開示できない。


 <会議録の表紙、様式だけでも見せて?-見せられません>

 これも「評議の秘密」だそうだ。


 <審査員の「生年月」を開示して?-開示できません>

 検審事務局は、議決した審査員の平均年齢を開示したが、「若すぎる」と指摘され、3度も言い直した。言い間違えた原因の説明も納得がいかない。
 そこで、私達は審査員の生年月日の開示を求めた。
 すると、最高裁及び検審事務局は、生年月日は個人情報と主張して開示を拒否した。

 しからば、審査員・補充員及び審査員・補充員候補者の「生年月」の開示を求めた。
 彼らは、生年月を個人情報とは言えない。
 ところが、彼らは開示書類だとして、「生年月」までマスキングした真っ黒な書類を開示した。
 審査員の「生年月」も開示しない.pdf
 
 様式を開示しただけだ。


 <開示した「審査員日当旅費請求書」はどういうものか?>

 以上の如く、確たる審査員及び審査会議に関する情報は何もないのだ。

 唯一、会計検査院には審査員日当旅費請求書だけが存在する。
 マスキングだらけで、偽造が簡単にできる代物だ。
 この請求書から読める審査会開催日は、新聞情報の開催日とまったく違うものなのだ。
 両方とも信憑性がないと言わざるを得ない。

 一市民Tはこの請求書について以下のように解釈する。
 最高裁、検審事務局は、架空議決することを決めて「架空の審査会議日程」を決めた。
 この「架空の審査会議日程」に合わせ、「画面上の審査員」の情報を入れ、「架空の審査員日当旅費請求書」を作成し続けた。それを、東京地裁を経由し会計検査院に送っていた。
 なお、架空議決の予定を急遽9月14日に変更し、「9月に入り、平日頻繁に集まった」などと誤魔化したが、請求書をそれに合わせ作り直さなかった。


 「会議開催日」「会議室名」「審査員の生年月」など、開示しても何ら問題を生じさせないのにかたくなに断る
 それは何故か
 審査員及び審査会議の実体がないから開示できない。架空の情報を開示したら矛盾が生じ、そこを突っ込まれる

2013年2月26日|個別ブログ記事

2月23日 「小沢検審議決が架空議決だと誰でも分かる」第2弾!「斉藤検察官が議決後検審説明」

 小沢検審起訴議決は疑惑や謎が多すぎる。
 通常起こりえないことや説明しえないことが数多く報告された。
 検察審査員の存在、審査会議の存在の確たるものは何ひとつ示されていない。
 「審査員はホントにいたの?」の週刊誌記者の問いに、審査員選定担当責任者の手嶋健東京第一検察審査会総務課長は「いた...と思います」と答える始末だ。

 小沢起訴議決を調査し分析していくうち、 「審査員はいなかった。審査会議は開かれなかった。架空議決だった」という状況証拠をいくつも見つけることができた。

前回ブログでは、
 『9月8日検審関係者が「審査補助員がやっときまった。これから審査が本格化し、議決
  は10月末になる」とリークしたのに、6日後の9月14日議決。これはありえない』

今回第2弾は、
 『斉藤検察官は議決後に検審に説明に行った!まともな審査会議が開かれていたら、議決後に行くはずはない』


 <斉藤検察官は議決後の9月28日に検察審査会に説明に行った!> 

 検察審査会法41条には「検察審査会は起訴議決するときは、あらかじめ、検察官に対し検察審査会議に出席し意見を述べる機会を与えなければならない」とある。
 2012年初め、一市民Tは民間人A氏から「2010年9月28日、東京地検庁舎1階で、斉藤隆博東京特捜副部長(検察官)に会った。斉藤氏は『これから検審に小沢さんの不起訴理由の説明に行く』と話した」と聞いた。
 A氏は、後日、斉藤検察官が周囲に「検察審査会で説明したが、検察審査員からは何の質問もなかった」と不審そうに語っていたという話も聞いたという。

 9月28日に説明に行ったということは、議決前に説明していなかったということだ。
 また、もし審査会議が開かれていたら、検審事務局は必ず9月14日以前に斉藤検察官を呼んでいたはずだ。
 そう考えると、審査会議は開かれていなかったと言える。

 
 <斉藤検査官が議決前に検審に説明に行ったという事実はない>

一市民Tらが、検察庁で検察官の出張管理簿を確認したところ、斉藤氏が8月1日~9月14日の間に検察審査会に赴いたという記録はなかった。なお、地裁(検察審査会所在地)など徒歩で行ける出張も管理簿に記載することになっていて、以前に斉藤氏が地裁に出張した記録も存在している。
 出張管理簿4事例.pdf

 斉藤検察官がいつ説明に行ったかが分かる書類の開示を最高裁、検審事務局、検察庁に求めたが、いずれの部署も開示を拒否した。

 
 <斉藤検察官は議決前に説明に行ける余裕など全然なかった>
 
 検審事務局は読売新聞に「9月上旬には、起訴議決を出す場合義務付けられている検察官の意見聴取を行った」とリークしている。(読売新聞2010年10月6日朝刊)
 ところが、A氏の話によると、
 「起訴議決があったとされる頃、斉藤検察官は自民党の二階俊博元経産相が絡んだとされる「特許庁汚職事件」の捜査責任者として超多忙な日々を送っていたという。
 「特許庁汚職事件」とは、当時、特許庁の基幹システムを再構築する巨額プロジェクトが政府により進められていた。その業者を選定する際に、二階経産相が関与したという疑いが持たれた。東京地検特捜部は、落札者である東芝と、当時大臣だったに二階氏に注目し、強制捜査のための大掛かりな準備を進めていた。
 捜査チームの検事たちは遅い盆休みを取った後、9月初旬に全員集合し、臨戦態勢に入った。そして、9月17日、二階議員の関係先など複数個所に対し家宅捜査に入った。
 斉藤検察官は、9月上旬検察審査会に行くなどの余裕は全然なかった。
 ここでも、検審関係者はでまかせのリークをしたということだ。

 
 <斉藤検察官の証人喚問に慌てた最高裁>

 議決発表直後から、「斉藤検察官が議決後に説明に行った」という情報が永田町にも流れていた。
 国会議員の中にも、「斉藤検察官を証人喚問しろ」と主張していた人がいたらしい。
 証人喚問という話をきき、さすがの最高裁も慌てた。
 その後、斉藤検察官は東京地検公判部に異動を命じられ、小沢裁判の指定弁護士の補佐役に就くことになった。これにより、仮に国会から証人喚問を受けたとしても、公判中の担当検事ということで合法的に拒否できる。
 この人事異動が異例であったことは、約半年後に斉藤氏が再び特捜副部長に戻ったことからも推測できる。

 検審事務局が斉藤氏を9月28日に呼んだのはアリバイ工作のためとみられる。斉藤氏は議決していたことを知らず、「これから検審に小沢さんの不起訴理由の説明に行く」とA氏に語った。そこに集まったのは検審事務局が用意した人達(さくら)だったとみられる。

  
 上記の顛末も、『最高裁の罠』に載せているので、ぜひ読んでほしい

 次回は、
 「小沢検審議決が架空議決だと誰でも分かる」第3弾!
 『審査会議開催日、会議室名、会議録、審査員「生年月」など何も明らかにしない』

2013年2月23日|個別ブログ記事

2月21日 「小沢検審議決が架空議決だと誰でも分かる」第1弾!「検審発信情報の矛盾」

 小沢検審起訴議決は疑惑や謎が多すぎる。
 通常起こりえないことや説明しえないことが数多く報告された。
 検察審査員の存在、審査会議の存在の確たるものは何ひとつ示されていない。
 「審査員はホントにいたの?」の週刊誌記者の問いに、審査員選定担当責任者の手嶋健東京第一検察審査会総務課長は「いた......と思います」と答える始末だ。
 小沢起訴議決を調査し分析していくうち、 「審査員はいなかった。審査会議は開かれなかった。架空議決だった」という状況証拠をいくつも見つけることができた。
 決定的な証拠をいくつか紹介する。

 
 <検審発信情報の矛盾> 
 
【2010年9月8日検審関係者が「審査補助員がやっときまった。これから審査が本格化し、議決は10月末になる」とリークしたのに、6日後の9月14日議決。これはありえない】

 以下の4つの情報は出所が同じはずなのに相互に矛盾する

①2010年9月8日、検審関係者が「審査補助員がやっと決まった。これから審査が本格化し、議決は10月末になる」とリークし、大手6紙がこれを一斉報道した。
 資料1 9月8日6紙一斉報道.pdf
②10月4日、検審事務局は「9月14日(代表選投票日)に審査会議が開かれ議決された」と発表した。
③朝日・読売新聞は「9月に入って平日頻繁に審査会議を開いた」と議決報道した。
(審査員を何故平日頻繁に集めなければならないのか。働き盛りの若者が平日頻繁に集まれるか)
 資料2 読売・朝日議決報道.pdf
④開示された「審査員日当・旅費請求書」をみると、9月上旬の審査会議は9月6日しか開かれていない。
 資料3 請求書から読める審査会議日.pdf  


 特に、9月8日「議決は10月末」としていて(①)、6日後の9月14日議決(②)はありえない。

 審査員や審査会議の実体があれば、審査会議日に関しこれだけ矛盾する情報が発信されることはない
 
 このことから、以下のように結論付けてよい。そしてこう考えると全て辻褄が合う。
(1)審査員、審査会議に実体はなく、議決は架空議決
(2)架空起訴議決日を10月末から9月14日に急遽変更。
 (変更の理由は、小沢氏が総理になりそうになったので、代表選前に起訴議決したことにした)
(3)①は架空議決予定を発表したものだが、その架空議決日を早めたため②及び③の嘘を吐いた。
 ④の一連の「請求書」は「10月末議決予定」をもとに創作されたが、変更した議決日に合わせて作りかえることをしなかった。あるいはそのようにできなかったかのどちらか。

 
 『最高裁の罠』その2は次回で

2013年2月21日|個別ブログ記事

2月18日 これが小沢総理候補を貶めた『最高裁の罠』のカラクリだ!

 小沢検審起訴議決は疑惑・謎が多すぎる。
 通常起こりえないこと、説明しえないことが数多く発生した。
 偶然がいくつも重なることはない。
 小沢起訴議決を調査し分析していくうち、「審査員はいなかった。審査会議は開かれなかった。架空議決だった」ということがわかった。

 最高裁は小沢総理候補を「架空議決の罠」にはめるため早くから準備してきた。
 アリバイもしっかり作っていた。

 今ここに 『最高裁の罠』のカラクリと最高裁のアリバイ作りを明らかにする。

1.2004年5月、2度の起訴議決で強制起訴できるよう検察審査会法を改正

2.2008年1月、最高裁は「09年4月から東京第三、第四、第五、第六検察審査会を新設する」と発表(2か所だったものを6ヵ所に増やす)

3.2008年9月、最高裁事務総局が不正操作可能な審査員選定クジ引きソフトを開発、検察審査会に配布(恣意的に審査員を決めることができる)

―2008年11月、検察が西松事件の捜査を始め、09年3月大久保元秘書起訴ー

4.2009年初め、最高裁事務総局は最高検と結託して、検察審査会で小沢氏を起訴することを決めた。彼らは審査会を開かずに起訴議決書を創作することにしたが、この方法については検察に知らせなかった

傍証1 2010年2 月1日 東京地検特捜部吉田副部長が取調べ中の石川知裕議員に「小沢はここで不起訴になっても、検察審査会で裁かれる可能性が高い。そんなことになって良いのでしょうか」と語っていた。

傍証2 大坪弘道元大阪特捜部長(郵政不正事件の一審で有罪)が、「最高検幹部が〝最高裁幹部と民主党潰しを画策している。大阪特捜部で石井一を、東京特捜部で小沢を捜査するが、検察が小沢起訴するのは難しいので、最高裁が検察審査会を利用して起訴する計画である〟と私に打ち明けた」と知人に語っていた。

5.2009年2月から、東京第五検察審査会の「画面上の審査員・補充員」を準備
準備された人達には審査員になったことを告知していない。画面上だけの審査員である。
東京第五検察審査会は小沢検審が終わるまで審査員のいない「空のボックス」だったということになる。

6.2009年4月、最高裁事務総局は 東京第五検察審査会事務局の業務をスタートさせた
東京第五検察審査会の事務局職員は2人。
東京第一検審事務局総務課長に手嶋健氏を据え、審査員選定業務と広報担当に宛てた。 
 
7.2009年5月、改正検察審査会法を施行

8.2010年2月、小沢不起訴案件が検察審査会に申し立てられたが、これを東京第五検察審査会に割り振った。
周りから怪しまれないよう、小沢案件以外の案件も第五検察審査会に割り振った。

9.東京第五検審事務局は、割り振られた案件に対し、「架空の審査会議日程」を立てた。

10.東京第五検審事務局は、「架空の審査会議日程」に合せ、審査員と審査補助員の「日当交通費請求書」を創作した。

11.小沢案件ならびにそれ以外の案件について、それぞれの「架空の議決日」が来ると、審査事件票を創作しそれを最高裁に送った

12.2010年4月27日、事務局は「4月27日、審査員全員一致で一回目起訴議決した」と発表
(メディアが小沢バッシングを続けていたため、架空議決を誰も疑わなかった)

13.検審関係者は「審査補助員がやっと決まった。これから審査が本格化し、議決が10月末になる」と新聞社にリークし、9月8日6紙がそれを一斉に報道した(これは当初の計画)

14.9月8日のすぐ後、民主党幹部から「代表選開票前に議決したことにしてほしい」と頼まれた。最高裁も「もし小沢氏が総理になったら、その後の架空起訴議決はできない」と考え、議決日を9月14日に変更した

 ―9月14日の代表選で小沢氏が敗退ー

15.突然の議決日変更をさとられないため、議決発表を10月4日に延ばした
検察審査会関係者は読売新聞や朝日新聞に、「9月の平日に頻繁に集まって審査を行った」(働き盛りの若者が急に平日頻繁に集まれるわけがないのに)などといった嘘の情報をリークした。

16.議決日を急きょ早めたことにより、議決前に検察審査会に検察官を呼ぶことができなかったので、アリバイ作りのため、9月28日に斉藤検察官を検察審査会に呼んだ。
斉藤検察官は議決したことを知らず、検察審査会事務局らによって用意された人達に向かって説明を行った

最高裁は以下の2つの失敗を冒し、それにより疑惑が大きく膨らんでいった

1.強引に議決日を代表選前に変えた。
2.若すぎる審査員平均年齢を呈示してしまい、さらに平均年齢の訂正の言い間違いをしてしまった。

 これで足がついたということだ

2013年2月18日|個別ブログ記事

2月15日 最高裁は小沢総理誕生の可能性が出てきたので、架空起訴議決日を代表選前に早めた!

 <最高裁は小沢検審起訴議決日を何故早めたのか>

 最高裁は検審関係者を通じ「10月末議決予定」とリークしたのに、何故9月14日に議決を早めたのか。
 借りのある民主党仙谷氏らに要請されたとしても、9月14日の議決は怪しまれるばかりだ。
 何故菅陣営の要請を了承したのか疑問の残るところだ。

 そう考えているうちに、はたと気づいた。

 そうだ、最高裁も代表選前に起訴議決しておく必要があったのだ。
 もし小沢氏が総理になったら、その後は架空議決できない。
 小沢氏が総理になった後起訴議決をしたら、小沢氏は総理大臣権限で審査会議の内情を確認することができる。ちょっと確認するだけで、最高裁のイカサマ架空議決はばれてしまう。
 だから、最高裁は小沢氏が総理になった場合に備えて、代表選前に議決したことにしておく必要があった。


 <最高裁の手の内を読む>

 最高裁は、最初から架空議決で起訴する方針を立てていた。
 そのため、2009年4月に職員2人の東京第五検察審査会事務局を新設している。
 申し立てを受けてから、事務局は2010年10月末起訴議決の予定で、審査員日当交通費請求書などの創作を続けていた。
 そして、4月27日に1回目の架空起訴議決を発表した。
 メディアの小沢バッシングのせいで、架空議決など誰も気づかなかった。
 この時点で、小沢氏は代表選に出馬するなど考えてなかったと思う。
 メディアも小沢バッシングをし続け、検察審査会の2回目議決がでるまで代表選に出るべきでないと牽制していた。
 だが、菅政権での参院選惨敗などで、民主党内に小沢氏出馬の要請が高まり、8月末小沢氏がついに出馬することになった。
 代表選当初は、メディアの応援をバックに、菅氏断然有利の展開だった。
 ところが、遊説やテレビ出演などでの小沢氏の露出が多くなると、菅氏と差がどんどん縮まっていった。
 代表選数日前になると、もしかして小沢氏が勝つのではないかという状況になった。
 それでも、9月8日に、最高裁は検審関係者を通じ「審査補助員がやっと決まった。これから審査が本格化し、議決が10月末となる」とリークしていた。
 このリークの直後だと思う。菅派が動いた。
 菅派幹部は「小沢氏が勝つかもしれない。9月14日に議決したことにしてほしい。小沢氏が勝っても起訴議決されたことで小沢氏を追い落とせる」と最高裁に要請したのではないか。
 最高裁も、「小沢氏がもし総理になったら、小沢氏を架空議決することはできない。代表選前に議決したことにしておこう」と考えたのだろう。
 こうして、9月14日の起訴議決が決まった。
 ところが、菅陣営が「小沢は起訴議決されるらしい」と情報を流したのが効いたのか、9月14日の代表選で菅氏が勝ってしまった。
 「9月14日議決」のカードは不要になった。
 ただ、この情報は一部の人に流れているので、無にするわけにはいかない。
 そこで、「議決書への署名が間に合わなかった」などの理由を付けて、発表の日を10月4日に延ばした。
 さらに、議決が早まった言い訳として「審査員は9月に入って平日頻繁に集まった」などと嘘を朝日や読売にリークした。
 ところが、事務局で創作した「審査員日当請求書」では9月8~13日まで一度も審査会議は開かれていないのだ。「請求書」すら言い訳に合わせて作られていない。
 それに、審査員が本当に存在したら、「何故、急に頻繁に集まらなければならないのか」というだろう。
 お粗末な嘘をついたものだ。

 これが顛末だ。

 
 <最高裁はどうしても小沢氏を刑事被告人にしたかった>

 だから、架空議決という手を考えた。
 うまく進んでいたのに、小沢氏が代表選に出馬し、勝ちそうになってしまった。
 そこで、最高裁と菅陣営は起訴議決を9月14日の代表選開票前に早めた。架空議決だからできるのだ。
 起訴議決発表以降多くの疑惑が噴出したが、政権与党と最高裁は権力に任せて騙し通そうとしている。

 これが、『最高裁の罠』だ

 多くの人に『最高裁の罠』を知らせなければならない

2013年2月15日|個別ブログ記事

2月13日 最高裁が民主党から要請を受け、代表選日(9月14日)に急遽議決ができたのは「架空議決」だからこそ!

 <4つの情報は全て作り話>

 小沢検審の情報として以下の4つがある。

①2010年10月4日検察審査会事務局は「9月14日審査会議が開かれそこで起訴議決された」と発表した。
②9月14日の6日前、2010年9月8日に、「審査補助員がやっと決まった。これから審査が本格化し、議決は10月末になる」との検審関係者のリークがあり、6紙がこれを一斉に報道した。( 何故9月14日に議決ができるのか)
③6日間で議決できたことを説明するため、事務局は10月5日朝日新聞、10月6日読売新聞で「9月に入り、平日頻繁に審査会議を開いて9月14日議決した」とリークしている。(何故急に頻繁に集まらなければならないのか)
④ところが、検察審査会が提出した審査員日当請求書では9月8日~13日までの6日間には1日も審査会議が開かれていない。

 この4つの情報はいずれも信憑性に乏しく相互に矛盾だらけだ。


 そもそも、審査会議の実体はなく、4つの情報は全て作り話だと考えると説明つく


 <架空議決だからなせる急遽議決>

 最高裁は最初から審査員を選ばず審査会議を開かず、議決書だけを創作して発表する予定だった。確実に小沢氏を刑事被告人にできるからだ。
 そして、9月8日架空議決日を10月末と定め「議決日を10月末にする」と、リークした。
 ところが、9月8日以降、急に状況が変わった。
 代表選で小沢氏に負ける可能性が出てきた民主党菅氏らが、小沢氏が勝った場合小沢氏を下す算段として、「代表選開票前に小沢を起訴議決したことにしてくれ」と最高裁に頼んだ。
 「刑事被告人を総理大臣にするのか」と騒いで小沢氏を下すことができるからだ。
 仙谷氏、江田氏が竹崎最高裁長官に頼んだと推察される。最高裁は「香川事件」もみ消しなどで仙谷氏等に借りがあるので、要請を受け、議決日を9月14日に変更した。

 架空議決だったから、議決日変更が可能だったということだ。


 <民主党幹部の暗躍を裏付けるもの>

 2010年9月4日現代ビジネスに代表選前の状況の記事が掲載されている。

 http://gendai.ismedia.jp/articles/-/1073?page=6

 岡田克也外相の発言
 『検察審査会の結論が出るまで、(小沢氏は)代表選に出るべきではない』

 仙谷氏の動き
 「小沢氏の疑惑を審査している東京第五検察審査会が、強制起訴に繋がる『起訴議決』を出す公算が大きいという情報をしきりにリークしているのは、自らが弁護士で、法曹界に太いパイプを持つ仙谷氏です。担当の弁護士や審査員が交代した検審が、次の決議を出すのは10月以降。
 『起訴議決が出る可能性が高い小沢が、代表選になんて出られるわけがない』という世論を醸成し、小沢氏を担ごうとする議員と検審メンバーの双方に圧力をかけている」(全国紙司法担当記者)

 土肥隆一議員の発言
 拙ブログ「一市民が斬る!」
 『2月8日 菅派の会長だった土肥隆一議員は、検審議決発表前(9月18日)に「小沢は刑事犯として消えて行く」と語っていた!』
 http://civilopinions.main.jp/2013/02/28_1.html

 小沢起訴議決はまさに「最高裁スキャンダル」「民主党スキャンダル」だ

 このままで済ませてよいのか

2013年2月13日|個別ブログ記事

2月8日 菅派の会長だった土肥隆一議員は、検審議決発表前に「小沢は刑事犯として消えて行く」と語っていた!

 『最高裁の罠』を出版してから、知らない方から連絡を頂くことが多い。
 その中でとても貴重な情報を得た。

 1月初めに、神戸で経営コンサルタントをされている岡村昭氏(77歳)という方から手紙を頂いた。
 
 
 <神戸岡村昭氏からの手紙>

『 志岐武彦様
                          平成25年1月3日  岡村 昭

 貴ご共著書の『最高裁の罠』を拝読し強い感動を与えて頂きましたものです。
 感謝をお伝えしたいのですがご住所が不明のため、K&Kプレス編集部に開封のままお送りし差支えなければご尊台への転送を依頼しました。
 日本の司法とメディア問題(犯罪)には長年強い疑問を抱いておりましたが、小沢一郎にかかわる西松事件及び陸山会事件(水谷建設)のすさまじいたれ流し報道とその後の暴走に日本国家の危機の思いを強め、これにかかわる追及派の発言や報道を追跡しています。
  ......
 検察審査会記録の捏造の裏工作を主導した人物は徳島1区の仙谷由人でありその側近議員神戸選出の土肥隆一の当時の不可思議の言動に触れ、私も御執筆と同じ思いを抱き続けていました。
 御活躍に衷心より声援をお送りします。      』


 <神戸岡村昭氏からの2回目の手紙>

『 志岐武彦様
                              平成25年1月11日  岡村 昭
 冠省 2度に亘りお電話を頂き大変恐縮しております。
 極めて大胆かつ果敢な行動をなさっていますご尊台にお伝えするには恥ずかしいレベルですが、私は、①関西の復興(復権)②自殺遺族支援 ③拉致被害家族(特に横田家)支援など5つくらいの社会運動に関与しています。
     ......
 菅派の会長だった土肥隆一議員は牧師でして、神戸市で会長をしていたクリスチャンビジネスマングループ(VIP)に私は所属していました。例の検察審査会の議決発表(10月4日)の前9月18日、神戸の集会に珍しく土肥氏が出席し約40分間信仰に無関係な政治放談し、「今後の政治は菅総理時代に入り、小沢は刑事犯として消えて行く」と満面の笑顔で語った場面は決して忘れません
                                  草々  』
 

 <小沢は刑事犯として消えて行く>

 2回目の手紙の後半に、驚愕の事実が書かれていた。

『 例の検察審査会の議決発表前9月18日、神戸の集会に珍しく土肥氏が出席し約40分間信仰に無関係な政治放談し、「今後の政治は菅総理時代に入り、小沢は刑事犯として消えて行く」と満面の笑顔で語った場面は決して忘れません 』  
 
 議決発表前の「小沢は刑事犯として消えていく」の発言はあまりにも強烈だ。
 菅派の会長だった土肥隆一議員は、自らが担ぐ菅が総理大臣になるということで有頂天になり、ちょっと口を滑らしたのであろう。  
  
 検察審査会は三権から独立した組織であり、起訴議決情報など事前に誰も知りえないはずだ。 
 ところが、菅派の幹部は、検察審査会で小沢氏の起訴議決がなされたことを知っていた。
 このことは、最高裁幹部と民主党幹部とが密接につながっていたことを証明しているのではないか。 
 実際、最高裁長官竹崎博充長官と江田五月民主党参議院議員は、竹馬の友で、小・中・高・大学の同窓だ。二人は判事仲間でもある。


 一市民Tは、民主党幹部が最高裁に9月8日~13日の間に「代表選前に起訴議決してくれ」と頼み、最高裁は架空議決なのでこれを了承し9月14日議決としたと、読んでいた

 この通りのことが行われたということではないか。 

 
追記

 岡村氏から連絡があった。
 「手帳で確認したところ、土肥議員の集会に参加したのは、9月18日だった」
 なんと、議決日9月14日の4日後に、「小沢は刑事犯として消えて行く」と語ったというのである。

2013年2月 8日|個別ブログ記事

2月5日 最高裁は、東京第五検審・偽審査員Ⅹ氏、東京第三検審・偽審査員A氏を登場させた!

 2012年のはじめ頃から、小沢検審疑惑は再び大きくなっていった。
 そこで最高裁は、疑惑を打ち消そうとして、偽審査員を登場させた。


 <東京第五検審の偽検察審査員Ⅹ氏はテレビで声だけの出演!>

 2012年4月26日の小沢判決の夜、TBSは小沢検審の議決に参加したという偽検察審査員を登場させた。
 追跡クロス「小沢一郎起訴議決 検察審査会の審査員が証言」
 http://www.tbs.co.jp/news23x/feature/f201204260000.html

 番組の冒頭ナレーション
『民主党の小沢一郎元代表の強制起訴を決めた検察審査会。
その審査の実態は秘密のベールに包まれている。
小沢氏が主張する検察の誘導はあったのか?
うその捜査報告書は議論に影響したのか?
そして、小沢氏の無罪判決をどう受け止めているのか?
多くの疑問ばかりが積み重なる中、小沢氏の起訴議決をした検察審査会の審査員が追跡クロスの取材に対し、初めて重い口を開いた』

 テレビで声だけ出演したミスターⅩ氏はもちろん偽審査員である。


 <東京第三検審の偽検察審査員A氏は月刊誌G2で告白>

 フリージャーナリスト今西憲之氏が、月刊誌G2およびインターネットで、
 「小沢一郎裁判の原点・西松事件の審査を担当した"検察審査会メンバー"の告白」と題する記事を2012年4月から連載した。
 その書き写しを以下に示す。
 検察審査会メンバーの告白.pdf
 
 今西憲之氏が、「西松事件」の審査を担当したという東京第三検審の審査員A氏と会い、彼の告白を記事にした。

 A氏は、2009年5月に東京第三検審の検察審査員に選ばれ、6月16日の審査会議で「西松事件」を審議し、議決したとして、その審査会議の模様を今西氏にこと細かく語っている。

 さっと読んでしまうと、「そこに第一から第六検審で検察審査員100人が並んでいた」、「午前11時になると、事件の捜査を担当していた検事が審査会に説明にやってきた。東京地検特捜部の木村匡良検事である」などの発言から、A氏が東京第三の本当の審査員で、東京第三の審査会議が開かれていたように思えてしまう。しかし、この記事内容は本当なのだろうか。

 
 記事を読み込んでいくとおかしなことが沢山見えてくる。

 <A氏の告白はおかしなことだらけ>

1.A氏は、3年も経た後、厳しい罰則があるのに何故告白をしたのか? 
  A氏は
『 検察審査会に求められる役割は、法と証拠を照らしあわせて、国民が自分たちの視点を反映させることだと思います。だが、私が実際に経験した検察審査会は、検察のサジ加減で簡単に議決が左右されてしまう雰囲気があった。事務局にも、公正さに欠けるところがあるように思えました。結果として、くじで選ばれた国民が検察審査会によって、無実の人を罪に陥れる可能性がある。何らかの形で声をあげるべきではないかと思ったのです』と告白の動機を述べている。

 検察審査会法44条、評議の経過や又は各検察審査員の意見などを漏らしたときは、6か月以下の懲役又は50万円以下の罰金に処するとあるので、A氏は評議の模様をメディアに漏らしているから、完全に処罰対象になる。
 危険を冒して告白することなのか疑問を覚える。3年後告白という時期も遅すぎる。
 A氏は検審関係者と通じているのではないだろうか。

2.A氏は『ざっと見たところ、審査員の平均年齢は30代前半で、男性6割、女性4割くらいの比率でした』と語っている。
 審査会議には、11人以外にも補充員も出席するから、11人より多い。その平均年齢が30代前半など考えられない。
 第五検審事務局でも、議決した審査員の平均年齢を散々言い直した末、34.55歳になったと発表している。

3.一日議決はありえない。
 新聞報道等によると、二階事件は6月4日に申し立てられ、6月16日に議決されたと発表された。超スピード議決だ。
 A氏の告白によれば、審査会議の模様はこうだ。
 6月16日朝10時に、東京第三検察審査会メンバーは「二階事件」を審査するよう告げられた。 いきなり厚さ3cmの資料を読まされ、一時間後に検事が現れ、事件の話を一時間聴き、午後から審議し、議論が煮詰まったので、議決をし、議決書まで作った。そして当日15時30分に解散したという。しかも審議では、献金を受けた二階派関係者と献金をした側の国沢元社長の2つの内容を議決したのだ。

 審査員はくじで無作為に選ばれたはずだ。それなのに、事件や政治や法律に詳しく、判断力のある人ばかりが選ばれたようだ。しかも30代前半なのに。
 しかし、如何に優秀な人が集まってもこのスケジュールでの議決は無理ではないか。
 小沢検審の場合、東京第五検審事務局は、申し立てを受け約3か月、8回の審査会議を経て、審査補助員も加わり1回目の議決をしたと発表している。
 小沢検審も架空議決だが、計画スケジュールがあまりに違う。

4.審査会議冒頭に、木村検事が何故現れるのか
 検察審査会法35条では、検察官は、検察審査会の要求があるときは、審査に必要な資料を提出し、又は会議に出席して意見を述べなければならないとある。
検察官を呼びましょうなど誰も言っていないうち、木村検察官が、審査会議初日の開始1時間後に説明に現れたのだ。
 そんなことありえないだろう。
 これも作り話ではないか。

5.裁判所事務官はそんなに優秀か。
 検審事務局職員は、裁判所の事務官が務める。

 一市民Tは、検審事務局職員と何度も会って話をした。彼らが「政治資金規正法違反」の案件などで議決書をその場で作成できたとは考えにくい。
 このような政治案件は審査補助員がいて、審査補助員が作成するものだろう。


 <A氏は工作員、最高裁は工作員を登場させたことがプラスに働いたのか?>

 もろもろの状況から、A氏は実際の審査員ではなく、検審関係者あるいは検審事務局と通じている者ではないかと思う
 A氏は嘘の情報を流すため、工作員として今西氏に近づいたのではないか。

 検審側がA氏を差し向け、今西氏に記事を書かせた目的は
①東京第三検審にも東京第五検審にも、検察審査員が存在し、審査会議が開かれたと思わせる。
②木村検事を登場させることによって、第三検審でも検察の誘導があった。小沢起訴議決も、審査員が存在し、検察が捏造報告書で誘導したと思わせる。

 最高裁は架空議決がばれそうになったので、必死にアリバイ作りをしだした。
 それがⅩ氏、A氏の登場である。

 ただ、A氏を登場させたことは、最高裁にとってプラスだったのか。決してそうでないと思う。

 一市民Tは、この情報を得ることによって、東京第三検審も、審査員選ばず、「西松事件」で、審査会議開かず、架空議決したことを確信できた。

 藪をつついて蛇を出したのではないか?

2013年2月 5日|個別ブログ記事

2月2日 『最高裁の罠』(「法改正」「東京第五検察審査会新設」「イカサマ審査員選定ソフト開発」)は、旧自民党政権下で仕組まれていた!

 最高裁と旧自民党政権は、早くから、検察審査会を悪用した「政権にとって都合の悪い政治家排除」を画策していた。
 「検察審査会法改正・施行」「東京第五検察審査会新設」「イカサマ審査員選定ソフト開発」などの罠をしっかり張り巡らして時を待っていた。


 <『最高裁の罠1』 2004年検察審査会法を改正、2009年5月施行>

 神奈川新聞2008年5月14日.pdf参照
 起訴すべきだとする「起訴相当」の議決が2度出されれば強制起訴されるように、2004年Iに検察審査会法を改正した。
 審査員や経験者の秘密漏えいは懲役6月以下または罰金50万以下と改正し、検察審査会の密室性を強化した。
 そして、2009年5月21日に法が施行された。
 最高裁は、この制度改正を民意を反映される司法改革の一つで、検察官だけに認められてきた起訴の権限を市民も握ることになり被害者救済の道が広がると説明しているが、はたしてそうだろうか。

 「検察審査会法改正」の最高裁の狙いは、最高裁が実質的に起訴権を持つことだったのではないか


 <『最高裁の罠2』2008年1月、最高裁が東京の検察審査会を4か所増設すると発表>

 最高裁は、改正検察審査会法の施行(2009年5月)に合わせ、東京地裁本庁管内の検察審査会を2か所から6か所に増やすと発表した。
 最高裁が東京の検察審査会増設.pdf参照

 この方針に従って、2009年4月に、東京第一、第二の2か所だった検察審査会を再編し、東京第一、第二、第三、第四、第五、第六検察審査会6ヵ所にした。ちなみに東京第五検察審査会事務局の職員は2人。
 
 イカサマがやりやすい少人数の検察審査会事務局を4か所も増設したことになる


 <『最高裁の罠3』2008年、最高裁がイカサマ審査員選定ソフト開発>
 
 2008年以前は、抽選会などで使うガラガラポン機で、審査員候補者100名から審査員・補充員10ないし12名を選んでいた。
 最高裁は、2008年これをやめてソフトで選定する仕組みに変えた。
 一検察審査会事務局で、1年に4回くじ引きやればよいだけだ。
 ガラガラポンで充分なはずなのに。
 
 しかも、出来上がったソフトは以下の不正(イカサマ)ができるソフトである。
 ①審査員候補者を自在に追加入力できる。
 ②候補者をくじ引き前に自在に消除できる。
 ③くじ引きをしてしまうと、くじ引き前の審査員候補者データが残らない。

 新設された東京第五検審や東京第三検審等が検審業務を開始したとされるのは2009年4月だが、ここで業務開始をするには、2008年11月審査員候補者400名を揃えなければならない。
 この2008年11月の審査員候補者選出に間に合わせるよう、ソフトは6か月の突貫で開発された。
 検察審査員候補者名簿管理システム.pdf参照

 イカサマやるため、急ぎソフトを導入したといえるのではないか


 <最高裁はこの『罠』で思い通りの結果を出した>

 「西松建設政治団体献金の政治資金規正法違反容疑」で小沢議員の元秘書大久保隆規が検察により起訴されたが、同じような事件で、二階俊博元経産相関係者も検察の捜査を受けたが不起訴だった。この検察の判断の違いにも疑問が残る。
 この件で、二階俊博元経産相関係者は検察審査会に申し立てられたが、最高裁の裏工作で起訴を免れた。(最高裁は、二階事件でも架空議決という手を使ったのだろう)
 一方、自民党政権に邪魔な小沢一郎総理大臣候補は、陸山会事件で検察の大捜査を受けたが不起訴で、検察審査会に申し立てられ架空議決で強制起訴された。
 
 なんという差か
 
 最高裁は、二階議員関係者を救い、小沢議員を『罠』に嵌めた

2013年2月 2日|個別ブログ記事