8月25日 マックス・ヴェーバーが言う「天職の政治家」を総理大臣にしよう!

今回はちょっとアカデミックな話から。


  <マックス・ヴェーバーの「職業としての政治」の結びの一節>


『 政治とは、情熱と判断力の二つを駆使しながら、堅い板に力をこめてじわっじわっと穴をくり貫いていく作業である。もしこの世の中で不可能事を目指して粘り強くアタックしないようでは、およそ可能なことの達成も覚束ないというのは、まったく正しく、あらゆる歴史上の経験がこれを証明している。
しかし、これをなしうる人は指導者でなければならない。いや、指導者であるだけでなく、 ―はなはだ素朴な意味での― 英雄でなくてはならない。そして指導者や英雄でない場合でも、人はどんな希望の挫折にもめげない堅い意志でいますぐ武装する必要がある。そうでないと、いま、可能なことの貫徹もできないであろう。自分が世間に対し捧げようとするものに比べて、現実の世の中が ―自分の立場から見てー どんなに愚かであり卑俗であっても、断じて挫けない人間。どんな事態に直面しても「それにもかかわらず!」と言い切る自信のある人間。そういう人間だけが政治への「天職」を持つ。』


一市民Tは6月に石川知裕議員に会った。その後、ブログで石川議員の近況を伝えた。
http://civilopinions.main.jp/2010/06/67.html

その石川議員から、佐藤優氏を講師にして議員や秘書などを対象に勉強会をしているので来ないかとお誘いを受けた。

勉強会の最初の題材がマックス・ヴェーバーの「職業としての政治」だった。
政治とは縁遠い一市民にとってはなかなか難解だ。
友人からも「お前がマックス・ヴェーバーか」と笑われる。
皆で一小節ずつ読みあわせをした後、佐藤氏が解説をしてくれた。

佐藤氏は、上記の最後の一節を石川議員に読むよう指示した。
将来ある石川議員にどうしても読ませたかったのだろう。
一市民Tはこの一節を聞いただけで、マックス・ヴェーバーを理解してしまった気持ちになった。

まったく然り!名言だ。

さて、ここで、マックス・ヴェーバーの言葉を頭に置きながら、話題の政治家の品定めをしてみる。


 <菅氏は政治家として天分が全く備わっていないのではなかろうか>

まずは話題の菅氏

反菅コールに耳を貸さず、早々と民主党の代表選出馬を表明してしまった。

24日、株価も9000円を割り、円高も急速に進んでいるのに全く無策である。日銀総裁と電話連絡「慎重に様子を見守る」と発言しただけ。彼は1年生議員との会合にうつつをぬかす。総理大臣の職務をなんと心得ているのだろう。

総理大臣になるまでは、菅氏は「国民生活第一」の民主党の政策を実現してくれる政治家だと期待されていた。
ところが総理大臣になった途端、豹変。
これまでの民主党が掲げた政策を捨て、米国に隷属し、特権官僚、大資本、そしてメディア側に擦り寄りだした。
(辺野古基地移転容認、政治主導から官僚主導へ、消費税増税、法人税下げ、官房機密費公開要求無視などである)

一市民Tは大きな怒りを覚え、当ブログでも2度ほど菅氏のことを書いた。

6月23日「日本の将来を菅氏に託すことは出来ない、反菅運動を!
http://civilopinions.main.jp/2010/06/623.html

7月14日「日本の将来を菅氏に託すことは出来ない、菅政権は退陣すべきだ!
http://civilopinions.main.jp/2010/07/7142.html


マックス・ヴェーバーの言葉を借りて菅氏を評すと
・政治家として世間に捧げようとしているもの(政策)がない。
・保身のため民主党の政策を捨ててしまった。支持者に断りもなく政策を放棄することは裏切り行為である。

政治家の資質のかけらも持ち合わせていないというところか。早く退陣してもらわないと日本が沈没してしまう。


          <7奉行は政治家といえるだろうか>

仙石由人氏、岡田克也氏、野田佳彦氏、前原誠司氏、枝野幸男氏、玄葉光一郎氏、渡部恒三氏は7奉行と呼ばれ、代表選でも早々と菅氏支持に回った。

渡部氏を除いた6人は政府の要職にあるが、何も実績を挙げていない。何をやりたいのかもさっぱりわからない。

彼らはもっぱら小沢氏潰しだけに精を出す。
小沢氏とは、昨年の選挙で一緒に闘い、政権交代を勝ち取った仲間のはず。
彼らは法律にも詳しく、メディアや検察が大仰に取り上げた収支報告書記載の問題など全く犯罪に値しないことを百も承知だ。
しかし、彼らはメディアに向かって小沢氏を犯罪者の如く言う。

仲間を貶めて、自分の地位確保や向上を図るさまは見苦しいかぎりだ。
政治家なのだから、政策で意見を闘わすべきだ。

「政治家である前に人間であれ」と言いたい。
マックス・ヴェーバーに言わせると、政治家の末席にも入れてもらえない部類の人なのだろう。

 

             <小沢氏こそ、天職の政治家>

一市民Tが小沢氏に感心したのは、幹事長辞任まで断じて挫けず耐えた根性と、幹事長辞任の決断だ。

小沢氏は、米・官・業が検察とメディアを使っていわれなきバッシングをしていることが愚かで卑俗なことと思っていたに違いない。

しかし、小沢氏はバッシングなどに断じて挫けず、ぎりぎりまで幹事長に留まり政策を主張し続けてきた。選挙間近、支持率回復が困難な状態を悟り、自らを捨てる手を打った。

自分が世間に対し捧げようとするもの(政策)を実現するため、仲間の多くを当選させるため、幹事長をやめ、菅氏に全てを禅譲したのだ。

これこそ、自分が世間に対し捧げようとするものに比べて、現実の世の中が ―自分の立場から見てー どんなに愚かであり卑俗であっても、断じて挫けない人間の姿だと思う。

ところが、菅氏は小沢氏が予想した以上に小人だった。転がり込んだ総理の座に永く居座りたいため、支持者を裏切って、小沢氏の政策(旧民主党マニュフェスト)を捨て、米国に隷属し、特権官僚、大資本、そしてメディア側に擦り寄ってしまった。

菅氏にまかせていて政策実現が危ういとなれば、小沢氏は次の手を打つはずである。メディアにどんなに叩かれようが、間違いなく代表選に出馬すると思う。

小沢氏は、どんな事態に直面しても「それにもかかわらず!」と言い切る自信のある人間だ。

今こそ、真の政治家小沢氏に将来を託したいと思う。

2010年8月25日